驚くべき実話。
足跡がつかずに、麻薬も武器も買えるし、なんなら殺人の依頼までできてしまう。しかも、Amazonでポチる並みに簡単。信じられないショッピング・エクスペリエンスですが、2011年から13年まで、本当にそんなウェブサイトがありました。「シルクロード」と呼ばれるダークウェブの創設者は、当時26歳だったロス・ウィリアム・ウルブリヒト。
元ボーイスカウトで真面目に活動し、テキサス大学ダラス校に全額給付の奨学金で進学するほどの優秀な青年が、ラップトップひとつで世界中に麻薬を広めるネットワークを構築したのです。1日に1億円以上の売り上げがあったといわれている「シルクロード」ですが、2013年にロスが逮捕されたことであっけなく幕を閉じます。しかも、ロスを追い詰めたのはPCの使い方もままならないアナログ刑事……。
そんな、なんだか行き過ぎた厨二病みたいな実話が『シルクロード.comー史上最大の闇 サイトー』 として映画化されました。
メガホンを握ったのは、父親がテキサス州ダラスの地区検察局で働いていた関係上、幼い頃から裁判所や刑務所、警察署に出入りし、犯罪レポーターを経て映画の道に入ったティラー・ラッセル監督。犯罪と向き合ってきたラッセル監督は、どんな気持ちで犯罪映画を作ったのでしょうか。
メディアの責任や模倣犯出現のリスクなど、いろいろ聞いてきましたよ。
ーー監督は犯罪レポーターとしてキャリアを始めたそうですが、「シルクロード」の存在を知った時の気持ちをお聞かせください。
ティラー・ラッセル監督(以下監督):話を聞いた時に、すぐに魅了されました。他の犯罪映画を撮っていた時でしたが、新聞を開いてロスがサンフランシスコの中央図書館で逮捕されたのを知った時のことは、今でもはっきりと覚えています。そして、これは映画になるぞ、と思いました。その時はまだどんな人なのか、どんな話だったのかなんてわかっていませんでしたが、素晴らしい物語がそこにはあると確信していました。
ーーでは、犯罪レポーターとしてではなく、映画監督としての目線で本事件を見ていたわけですか。
監督:その通りです。私の仕事は、物語を語ることです。いい題材とキャラクターを見つけるために、さまざまなコンテンツに目を通しています。ポッドキャストを聴き、映画やニュースを見て、次の映画のネタを探しています。いい物語との出会いは、思いもよらないところから手に入ることもあります。
ーー本作に込めたメッセージはなんですか。
監督:どの映画でも、私のゴールは観客に刺激的な経験をしてもらうことです。犯罪を食い止めたいなどの道徳判断が目的ではありません。普通に生きていたら経験することのない出来事を、映画のキャラクターを通して感じてほしいのです。
ーー監督の前キャリアを考えると、サイバークライムを止めたいからかと思いました。
監督:そんなことはありません。もちろん、サイバークライムは続いてほしくないとは思っています。どんな犯罪に対しても擁護するつもりはありません。しかし、それ以上に人や人の経験に興味があるのです。なので、ゴールは犯罪を止めるのではなく、アーティストとして物語を表現することでした。
ーーロスを天才ハッカーではなく、情けない犯罪者に描いたのは、監督の正義感からきていると思ったのですが、作品を面白くするためですか。
監督:伝説的犯罪者になった人というのは、予測しなかった事態や驚きの決断を繰り返すものです。世界を変えたいというナイーヴな夢を持った若者が、最終的には世界中の犯罪を根本的に変えてしまう技術を解き放ってしまったという事実は、私を驚愕させ、同時に強く魅了しました。
ーー本作ではロス本人にも取材はしたのでしょうか?
監督:していません。ニューヨーク刑務所に収監されているロス本人に会いたくて何度もコンタクトを取ろうとしたのですが、会えずじまいです。彼の弁護士も、全ての裁判が終わるまで外部との接触は望まないと言っていました。
そのため、彼が残した日記やブログといった記録を丁寧に洗いました。また、元彼女にも接触して、彼の人となりを伺いました。
ーー彼は後悔していると思いますか。
監督:終身刑を言い渡された人なら誰でも、自分が犯した罪と向き合い、後悔すると思います。犯罪を犯している時は、それが重大な犯罪だと認識していなくても、現実にぶつかった時に罪の重さを自覚するのです。
ロスの興味深いところは、仮釈放なしの終身刑+40年が言い渡されています。これはメキシコの麻薬王と呼ばれるエル・チャポよりも重い刑です。
彼は、ラップトップや電話があればなんだって注文できる世界を作ってしまった。脅威とみなされ、アメリカの司法制度によってみせしめにされたと思っています。
私はロスと話したいので、今でもコンタクトを取ろうとしています。生身の人間としての彼に興味がありますし、現状をどう捉えているのかも知りたいです。
ーー彼と直接話すことができたら、監督にどんなことを喋ってくれるでしょう。シルクロードが一躍有名になったのは、ロスがGawkerメディア(米Gizmodoの元親会社)にコンタクトをとって偉業をひけらかしたという過去がありますよね。
監督:彼は冒険の過程で認知されたがっていました。シルクロードを成功させるための手段を惜しまなかったのです。しかし、シルクロードは巨大になり、制御不可能になりました。そして、フランケンシュタインのように、創造主の首を絞めたのです。きっと、彼がシルクロードを始めた時の見方と、今の見方はかけ離れていると思います。もし彼が僕にあって話す気になってくれたら、明日にでも駆けつけますね。
ーーネット世界における自由とはなんでしょうか。
監督:いい質問です。そして、今のアメリカに通ずる政治化された質問でもあると思います。
COVID-19のパンデミックが起こり、人々は自由を求めました。ワクチンを打たない自由です。この場合、自由はとても危険な側面を持っています。自由が悪用され、他者にも害を及ぼす時は、自由が武器になってしまいます。
一方で、自由が道具になった場合は、人に公的な権限を与えてくれます。自由が立派なものになります。
インターネットの中では、自由を振りかざすことが鋭い真実となります。タハリール広場で社会的正義のために使おうと、金持ちになるために薬物を売ろうと、です。有用性が全てです。あくまで私の意見ですが。
ーー実話がもとになっていますが、フィクションの部分はありますか。
監督:劇中のロスのナレーションは、FBIに没収されたラップトップにあった彼の日記から全て持ってきています。実際の記録から、慎重に抜き出したセリフです。私はドキュメンタリーやノンフィクション映画も作っているので、本作にも同様のアプローチをしています。その上で、ドキュメンタリーにはない作り方もしています。ドキュメンタリーの場合、人が物語を語るのは限定的です。物語映画では、人の経験を語る上で発生してしまうギャップを、想像力で埋めることができます。
なので、可能な限り事実を元に作り、事実がわからない部分は、ロスがどのような人物だったのかを想像したり、私個人の経験やストーリーを加えながら、より複雑な人物像にする努力をしました。
ーーロスを調査していた刑事が登場しますが、あの内容も全て事実に基づいているのですか。
監督:全て事実です。ただ、実際には刑事は2人いました。2人の刑事を組み合わせて1人のキャラクターにしています。ロスを殺人に向かわせたことも、ビットコインを盗んだことも、全て事実です。私がしたことは、それをジェイソン・クラークひとりに演じさせただけです。
ーー驚きです。
監督:ええ、驚きました。
先ほど、自由について質問されましたが、自由は人を堕落させたり、法執行機関の人間すら堕落させる力を持っているのです。殺人を偽装した証拠写真も記録に残っていますし、映画の中にももちろん登場しています。ある意味で、本作は、権力と誘惑の教訓になるかもしれません。
ーーこの作品を作るにあたって、模倣犯を出さないように気をつけたことはありますか。
監督:私が今日までに作ったドキュメンタリーや物語映画は危険な題材を扱っています。Netflixの『ナイトストーカー』しかり、みんな悪事を働きます。私のゴールはそれを探求することで、ストーリーを噛み砕き、何かしらの形態で文化的に消化させたいのです。もちろん、『ナイトストーカー』も『シルクロード』も、模倣犯は出てほしくありません。しかし、そういった事件は実際に私たちの住む世界で起こっているのです。これらの事件を探求して理解を深めることで、願わくば内在する危険性を示したいと思っています。
ーーシルクロードは、Gawkerメディアが独占記事を書いたことで一気に知れ渡りました。その時の記事のタイトルは「想像しうる全てのドラッグが買えるアングラウェブサイト」と、刺激的なものでした。メディアのあり方として、煽るような報道の仕方は正しかったと思いますか。
監督:挑発的な内容だと思いますが、結局のところ、報道メディアは非常に微妙なラインだったと思います。というのも、私たちは世の中でどんなことが起こっているのかを知る権利があります。一方で、報道メディアは助長させたり、ロマンチックに演出したり、注意喚起したりと強い影響力を持っています。なので、何が適切で何が適切でないかの判断は微妙です。
私の仕事は、事件や事柄を可能な限り真実に基づいて伝えることです。そして、そこに登場する人々の心を伝えることでもあります。作品をどのように受け取り、どんなステップを踏むのかは、観客が考えること。観客の仕事なのです。
ーーGawkerメディアが別の形で独占記事を出していたら、シルクロードやロスの暴走を止めることができたと思いますか。
監督:その瞬間に何が起こるのかなんて、誰もわからないでしょう。私も『ナイトストーカー』と『シルクロード』を作っていた時、主人公をヒーローのように見せることなく、美化しないと心に決めて慎重な姿勢で取り組んでいました。そこまで気をつけながらも作品を作るのは、コンテンツとしてもキャラクターとしても非常に魅力的だからです。だから道徳的な判断が必要で、何が適切で何が適切でないのかを見極めなければいけません。
基本的に人は賢く、選択肢を与えられれば大抵は良い選択をします。
私は情報をそこに置き、それを見た人は自分で考えて行動をする。これは私の考えですが、それぞれの考えや判断があると思います。
ーー次に実話を元にした映画を作るなら、どんな事件を扱いたいですか。
監督:2018年に撮ったドキュメンタリー『オデッサ作戦』を映画化しようと思っています。ロシアギャングとマイアミのプレイボーイとキューバのスパイが、コロンビアの麻薬カルテルに潜水艦を売るというぶっ飛んだ話です。
ドキュメンタリー作りも続けます。私はドキュメンタリーを映画っぽく撮るのが好きなんです。そして映画を限りなく真実に近づけて撮ることも。それぞれのジャンルで学んだフォーマットを融合させようと思っています。フィクションとノンフィクションの境界線を探求するのは楽しいですよ。
「シルクロード」は閉鎖されても、世界中にいくつものダークウェブが存在しており、個人情報や薬物が売買されています。またサイバー犯罪の件数で言えば、日本でさえも実に2.5人にひとりの割合で被害にあっているのだとか。
サイバー犯罪が身近になっている今だからこそ、今一度ダークウェブやネットにおける自由を考えてみてはいかがでしょうか。
『シルクロード.comー史上最大の闇 サイトー』は2022年1月21日(金)より新宿バルト9ほか全国公開。
Source: 『シルクロード.comー史上最大の闇 サイトー』