2024年に行なわれるアメリカの大統領選挙。
現大統領のバイデン氏、前大統領のトランプ氏が立候補を表明しており、日本でも大統領選に向けたニュースを目にすることが多くなってきました。
テレビ討論会への出演、各地を回っての講演、SNS活用に続き、注目されているのは選挙におけるAIの活用方法。今年春、バイデン政権を厳しく批判する動画を公開した共和党ですが、その動画はAI生成されたものでした。
画像・動画・音声すべてに対して、頭のどこかで「それ本物なのかな?」がチラつく現代社会。有権者にとっては、選挙という大舞台の表にAIがどれほど登場するのか気になるところです。
先日、公開されたトランプ氏の音声インタビュー。一部の有権者から「AI生成フェイクでは?」の声が挙がり、ネットで検証が進むなど話題の的になっています。
生成AIの普及によって、メディアと政治に対する不信感は急増。ディープフェイクを疑ってしまう疑心暗鬼の心からは誰も逃げられません。
右派メディアが公開したトランプ氏インタビュー
8月31日、右派系報道機関として知られるReal America’s Voiceネットワークにて、トランプ氏の独占インタビューが公開されました。
President Trump calls indictments election interference: ‘They’ve overstepped’
— Real America's Voice (RAV) (@RealAmVoice) August 31, 2023
President @realDonaldTrump says Democrats have overstepped their bounds by targeting him with repeated indictments and lawsuits during his re-election campaign. “If I was doing badly in the polls, I… pic.twitter.com/jorCcfzTSF
番組ホストを務めるのは、元FOXニュースのコメンテーターで、熱心なトランプ支持者として知られるジョン・ソロモン氏とアマンダ・ヘッド氏。
電話を通して行なわれた17分に及ぶ対談形式のインタビュー。トランプ氏が語った主な内容は、民主党に対する不満と、2020年の選挙に関する起訴について。
音声が不自然だった?
インタビューが公開されるやいなや、Real America’s VoiceのメディアサイトRumbleで番組を視聴した人から、トランプ氏の話し方が不自然だという声が挙がりました。
同業である右派派メディアPAC Never Back Downのコミュニケーション担当、マット・ウォルキング氏も、「ドナルド・トランプらしくなかった」とコメント。
I don't know who did this interview, but it does not sound like Donald Trump. https://t.co/f1VSLEvdKA
— Matt Wolking (@MattWolking) August 31, 2023
不自然だと思われた理由はいくつかあります。まずトランプ氏の声が、通常よりも高めだったこと。一部の言葉(ウクライナなど)をトランプ氏が発したときに、音が途切れたり震えたりした音声トラブルがあったこと。
インタビュー公開の翌日、政治メディアのThe Daily Beastがこれを取り上げ、不自然な音声と陰謀論の記事を公開。
ソロモン氏はこの記事を全否定し、電話の向こうには本物のトランプ氏がいたと反論。インタビューはトランプ氏のスタッフと計画したもので、事前に取り決めていた番号にトランプ氏側から電話があったと語りました。
インタビュー周りが謎だらけ
The Daily Beastは、インタビュー以外の謎事情も報道。トランプ氏の不自然インタビューについて、The Daily BeastはReal America’s Voiceの親メディア、Performance One Mediaの所有者であるロバート・シグ氏に取材を行なっていました。
電話取材でシグ氏は、インタビュー音声を「ChatGOP」のようだと私見を述べ、ネットワークで内部調査を行なうと語ったといいます ※GOP(Grand Old Party)は共和党を指す。シグ氏は「ChatGPT」とかけてダジャレ的に使用したと思われる。
が、その後事態は一点。シグ氏とやりとりしていた電話番号(公記録でシグ氏のものと確認)にメッセージを送ったところ、メディアネットワークから、やりとりしていたのはシグ氏ではなかった、シグ氏とのやりとりは1度もなかったというコメントが返ってきてしまったのです。
では、The Daily Beast担当記者が連絡を取っていたのは誰だったのでしょう?
米Gizmodo編集部がReal America’s Voiceに問い合わせたところ、担当者からは公開されたインタビューはトランプ氏本人のものであると回答が来ました。
また、The Daily Beastが報じたシグ氏のコメントについては、「我々のネットワークが出していない偽の引用を使った卑劣な嘘」と批判。「誰かのイタズラに乗せられているのでは?」とまで言っています。
トランプ陣営にも取材を申し入れましたが、記事公開までに回答はありませんでした。ちなみにトランプ氏は、自前のSNSであるTruth Socialアカウントにこのインタビューの動画をリポストしています。
ちなみに、米Gizmodoの読者的には「完全にフェイク」「AIじゃないくて誰か人がモノマネしてるっぽい」というように、どちらかといえば疑う声が多いようです。
一方で、「話している内容は所詮いつも同じだから、本人でもフェイクでもどっちでも一緒」という意見も。
トランプ氏はフェイクコンテンツ好き
トランプ氏のインタビューがフェイクと疑われてしまうのには理由があります。
それは、トランプ氏自身もフェイクコンテンツを利用しているから。
トランプ陣営は、ディープフェイクを活用した過去があります。
敵対するロン・デサンティス現フロリダ州知事を批判するため、ヒトラーやイーロン・マスクの偽Twitter Spaceを作ったことがあります。
一方で、デサンティス陣営も共和党の大統領候補者となるためAIを活用しライバルに挑んでいる状況。
…お互いさま状態ですが、つまり政治業界でもAI生成コンテンツが吹き荒れているということです。
現実的に考えるとフェイクではない?
今回のReal America’s Voiceのインタビューは本物か、AI生成のフェイクか。
現実的に考えると、17分もの長いインタビューをAI生成するのは、一般に公開されているツールでは難しいでしょう。
リアルタイムのインタビューなので、フェイク回答をする担当者は、質問の答えを考えテキストを音声化するプログラムをノンストップで操らなくてはいけませんから。それもラグタイムを最小限に抑えた上で。
リアルタイムでユーザーの音声をいじるVoicemodというソフトはあります。が、ユーザーの声を真似しテキスト化からリアルな音声を生成できるElevenLabsほど完成度の高いAIモデルは、現在存在しないと言っていいでしょう。
しかし、事実としてテキストから生成されたフェイク音声が、イタズラに使われたことはあります。
例えばイタズラ動画で人気のPrank Stallone氏は、フェイク音声AIモデル(テキストから音声生成するAIモデルを使って生成した元FOXニュースの政治コメンテーター、タッカー・カールソン氏のフェイクで、極右のアレックス・ジョーンズ氏をおちょくりまくったことがありました。
同じような事例で、保守は政治評論家のベン・シャピーロ氏のフェイク音声で、文化人のジョーダン・ピーターソン氏がおちょくられたことも。
よくある「イタズラ」ではあるものの、いずれも今回のトランプ氏インタビューよりもずっと短い会話である上に、ブツブツと言葉が途切れるなど明らかな不自然さがありました。
…かもしれない
鼻づまりのようなインタビュー音声だったトランプ氏は、実は風邪を引いていただけなのかもしれません。
いや、それとも本当にトランプ陣営の誰かが、AIを使ってインタビューに答えたのかもしれません。インタビューは本人だったけど、次はAI使ってみるかと今まさに考えているかもしれません。
4件の訴訟を抱えながら来年の大統領選に立候補している超多忙なトランプ氏にとって、自分のAIクローンは何よりも重宝するツールになるかもしれません。
メディアや政府を信用するなと語ってきたトランプ氏
大統領に立候補した2016年からトランプ氏の戦略は一貫しており、支持者や有権者に「メディアや政府を信じるな」と力説してきました。
来年のアメリカ大統領選に向け、今ほど彼のこの言葉が全有権者によって身に沁みるときはないのかと…。